四股名の由来を知って大相撲への興味を深めよう

力士の四股名

大相撲の四股名は、「稀勢の里」、「鶴竜」といった言わば名字に当たる部分だけでなく、下の名前も含む全体が四股名です。

稀勢の里は「稀勢の里寛」、鶴竜は「鶴竜力三郎」が四股名です。四股名を付けるときには、「力士がかつて在籍した学校名」、「力士の郷里」、「力士の所属する相撲部屋に伝わる文字」を四股名に含めることがよくあるパターンです。

一方で、相撲の歴史を見ると、どうしてこのような四股名が付けられたのかと思わせられる力士がいます。

珍四股名の力士を4人ピックアップし、その由来と共に紹介します!

「妨四郎盛足」は「さまたげしろうもりたり」と読みます。
明治時代の力士で、「九紋竜梅吉」が元の四股名でしたが、博打好き・喧嘩早い・人を騙すなど、素行が悪かったため、所属部屋の親方に「世の妨げになることばかりするから」という理由で改名させられました。

「ステッセル寅太郎」は、明治の力士で、日露戦争で日本と戦ったロシア軍のステッセル中将に由来します。

「宇瑠寅太郎」は平成の力士で、ウルトラマンタロウに由来します。所属部屋の女将が「3分の間全力で動き回ってほしい」という願いを込めて付けました。

「右肩上り博保」は平成の力士で、所属部屋の親方が「みんなが幸せになれるように」との願いを込めて付けました。

珍四股名であっても、四股名の由来を知ると、その力士の背景や四股名に込められた願いを知ることができます。

気になる力士がいれば、その力士の四股名の由来を調べてみると面白い発見があり、大相撲への興味が深まるかもしれません。